ユーロ導入を控えて

2014/11/17


2015年1月のユーロ導入を控えて

 

先月10月22日、ビリニュスの主要道路が一時的に通行止めになりました。夫が仕事で車に乗っていたのですが「何事だろう」と思って調べると、丁度その日に、ドイツ、フランクフルトの欧州銀行からリトアニアに向けたユーロが届き、リトアニアの中央銀行に運ばれたため、という事だったそうです。

メディアには事前に「重要な荷物を運ぶために通行止めがある」とだけ伝えられ、内容は秘密だったとのこと。通行止めの上、警察の厳重な警護のもとユーロは無事に運ばれました。夕方約30分ほどの通行止めでしたが、通勤帰宅の車が通りに溢れる時間帯なので、大渋滞になりました。

 

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2 (写真出典:http://www.lb.lt/ リトアニア中央銀行のホームページより)

 

2015年1月1日からのユーロ導入を目前に控え、リトアニアでもユーロと現行の通貨リタスの併記が始まっています。個人的にリタスに慣れてしまった今、まだユーロでの感覚がピンと来ないのですが、銀行の前では「ユーロ導入まであと○○日」といったような看板がかかっていたり、ユーロ導入専門のホームページが作られ、リトアニア各地の60の自治体を「ユーロバス」と称するバスが巡回し、政府主導でイベントを開いて国民のユーロに対する理解を向上させるキャンペーンを行ったりしています。

 

3(写真:http://www.euro.lt/より 財務大臣がユーロツアーにて講演中)

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(イメージ:リトアニアのユーロコイン  https://www.lb.lt/ リトアニア中央銀行のホームページより)

リトアニアのユーロコインに使われるのは現在でも使われている中世から伝わる歴史的な国旗『Vytis(ヴィーティス)』のイメージ。国民によって選出されたイメージです。

 

リトアニアの通貨の遍歴について少しお話すると、1990年のソ連独立後にしばらく臨時通貨が出回っていました。当時の首相「ワグノリス」の名前を取った通貨、通称「ワグノリケス」という名前の通貨で紙幣には動物や植物が描かれているような可愛らしい通貨だったそうです。この通貨は、今では個人の家かミュージアムに保存されているのみです。

5(ソ連独立後、一時的に使用された通貨「ワグノリス」画像:Vikipedija より抜粋)

その後、第一世界大戦と第2世界大戦の間のリトアニアの独立国家時(1918)に流通していた「リタス」が復活し、現在までこの20年余り使われています。ちなみに現在流通しているリタスの紙幣は10リタス、20リタス、50リタス、100リタス、200リタスですが、独立ほどない当時は500リタス紙幣も印刷されていたそうです。ただし、予想以上にインフレ率が高くなく、実際に500リタス紙幣が必要とされることはなかったので、2000枚ほど印刷された500リタス紙幣は今ではお目にかかることはありません。

 

6(イメージ:Wikipediaより抜粋 現在流通する通貨のリタス。
50リタスの表は『リトアニアの父』と称される『バサナベチュス氏』医師であったが、独立運動の主導をした人物。
裏はビリニュスの大聖堂)

ソ連時代には主要通貨が「ルーブル」でしたから、リトアニアの通貨の歴史を辿ると、現在の20代後半以上の人たちは来年「ユーロ」が導入されると、人生の中で通貨が「ルーブル」「ワグノリケス」「リタス」「ユーロ」と4回変わることになります。歴史や政治の流れによって流通貨幣が変わる、こういった事はなかなか日本では想像できないですよね。

ちなみに、ソ連から独立後、リタスはアメリカドルと連動していて、多くの人(年輩の人)は信頼できる通貨として米ドルも所持いたわけですが、2004年リトアニアが欧州連合に加盟すると、連動通貨が米ドルからユーロに変わり、1ドル=4リタスという固定レートが1ドル=2.4リタスまで下落し、沢山の人が財産を失ってしまったそうです。

これも、日本ではなかなか想像できないお話ですね。

『リタス』は紙幣にもコインにも、リトアニアのシンボルが溢れるリトアニアらしい通貨で、それがユーロに変わってしまうのは、古い付き合いの友達が去ってしまうような淋しさもあります。それでもツーリストの人にとっては、両替の手間が随分と楽になるので、朗報かと思います。

まだちょっと実感が沸きませんが、ピカピカのリトアニアユーロコインにお目にかかったらきっとワクワクするかな、と楽しみにしようと思います。

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